日本の伝統的な座具と正しい座り方

 普通の座椅子に座っても、ちっとも姿勢が良くならないため、パソコンの前で、腰痛や肩凝りを抱えて悩んでいる人は多いようです。うちの神社の氏子のなかにも、座る姿勢が悪いことが原因で、体の不調を訴える人がかなりいて、手かざしで気のめぐりを良くしてもらおうと、たびたび耀姫を訪ねる人がいます。でも、座り方の習慣を変えなくては、しばらくするとまた同じことの繰り返しなんですよね。

 そこで、今回は日本人の体にとって望ましい座り方と座具について、観察してみようと思います。

 日本人は、唐の時代の中国や、明治維新以降ヨーロッパの椅子に座るライフスタイルに触れていながら、それを完全には受け入れませんでした。そのもっとも大きな理由は、体の筋肉のつき方が違うからでしょう。鋸などの道具を使うときにも、洋式は押すけど和式は引くように作られていて、筋肉の使い方がまるで違います。幕末の頃、西洋人と長時間面談しなくてはならなくなった幕府の高官達は、日本人は椅子に座ると安定せず、長時間座っていることが困難、という問題に直面することになったようです。椅子に慣れた現代人から見ると、どうして長時間座れないのか疑問に思いますよね。一つには、人間は普通の椅子に座ると背筋を伸ばしていることが困難になるからです。これは、バランスチェアのメーカーのサイトなどにある、人が椅子に座ったときの背骨の状態を描いた画像を見れば、容易に理解できる問題でしょう。背骨が持っている自然なS字カーブが描けなくなるため、腰に無理な負担がかかり続け、腰痛や肩凝りになるのは必然と思われます。それに、当時の硬い木の椅子は、太ももの裏側を圧迫するので、足への血行が悪くなって、居心地が悪いと感じられたのでしょう。足が冷えて困っている人に、圧迫が少ない椅子を用意してあげると、それだけで冷えを感じなくなることもあります。自覚される血行不良の問題などには個人差があるようですが、表面化しないに越したことはありません。

 西洋式の椅子を用いたライフスタイルに慣れていなかった幕末当時の日本人は、そういった問題点を、受け入れ難いと体感したようです。そのとき、創意工夫できる人が現われて、今日のバランスチェアに見られるような、適切改善が施されれば良かったのですが、人間工学的デザイン、といった言葉すらなかった時代ですから、良いものが登場しなくても、仕方がなかったのかもしれません。腰痛や肩凝りが辛い人々を量産し続ける、望ましくない洋式のライフスタイルが流行していく結果になったようです。

 ここに、一般常識を覆す情報を提示しておきましょう。「姿勢の良い正式な日本人の座り方は正座」というのが、近代以降の常識?のようです。ところが、本当に伝統的な日本人の体に合った座り方が正座かと言うと、じつはノーなのです。うちの神社は、嘘か本当か二千年以上古い時代からの文化を伝承していると言い伝えられています。正座についても、古い時代の日本人の考え方が正確に伝わっています。「正座は、その体勢から片足の親指の腹を床につけることで、即座に立ち上がって抜刀して相手に斬りかかれる、特別な座り方。目上の人や神棚と対面して、正座で座ることは、相手に危害を加える意思があるとみなされかねないため、たいへん失礼なことで、決してしてはならない」とされてきたのです。

 いつの時代から、正座が今のように広く一般に普及していったのかは知りませんが、おそらく厳格な軍国主義教育を求めていった、明治維新以降のことでしょう。昔の日本人は一般的に、あぐらをかいたり、立て膝で座っていたようです。あぐらは、現代人からは、かなり特殊な座り方に見えます。両足の裏を向かい合わせてつけられるぐらい、左右に大きく開いて座るというものでした。徳川家康などを描いた古い絵を見ると、そういう座り方が正式なものだったことが分かります。国風文化によっては育まれた平安装束の和装を、風格良く堂々と見栄えがするように見せる座り方なのです。

 公式行事や神事のときの作法として伝わっている正しい座り方が、日本人の正式な座り方でしょう。それに対して正座は、即座に抜刀して斬りかかる体勢に移れるものとして、武士の間では奨励されて普及していたものと思われます。でも、正座は目上の人に対しては失礼なものとされ、痺れがきれて大変なことになるので、日常的な座り方ではなかった筈なんですよね。したがって、「正座は正式な座り方ではない」というのが、本物の伝統的な日本の文化を学んできだ者の間では、正しい認識なのです。一般的な現代人の、日本の文化に対する常識的な考え方は、間違っているのです。長時間座るとしびれがきれるような座り方が正しいものなんて、意地を張っても、二千年間の歴史の重みを持つ、私達が伝承する本物の日本の国風文化の前では、何の意味もありません。

 昔の人は、姿勢を正そうと、無理して正座などしていなかったことは、うちの神社に古くから伝わる正座椅子を見ることでも分かります。正しい姿勢で無理なく座れる正座用の椅子は、近年になって普及してきた、という認識が一般的なようです。ところが、うちの神社には、平安時代末期に作られたと思われる正座椅子が存在します。そのなかでも、国宝に指定されてもおかしくないような、豪華な装飾が施されたものは、神社でもっとも神聖とされる、神様が座る場所に用意された正座用の椅子です。神降ろし(巫女舞)によって、神様と身心一体になった巫女(斎女)が、神事のときにのみ座るものです。その形状は、膝の下にもクッションが付いた、同心円状の正座椅子です。まるでお雛さまのように眉一つ動かさずに長時間座り続ける神事用の椅子なので、その座り心地は最高です。市販の正座椅子では、ホーグ社のライセンスを受けて、日本でだけ販売されているバランスマルチシットというバランスチェアが、いちばん近いと思います。

 一般に、古い時代の日本には、床几のような椅子しか存在しなかった、と思っている人が多いようです。ところが、じつは邦楽の世界では、古くから合曳と呼ばれる、板だけで構成されたクッションのない、簡易組み立て式の正座椅子が使われてきた歴史があるのです。それを、正座、座禅の座り方、あぐら、立て膝(平安時代の女性の座り方として推奨されていた)でも座れるように、さまざまな改良を加えていった究極の姿が、うちの神社に伝わっている正座椅子です。長時間に及ぶ神事の間、身じろぎ一つしないで余裕で正座していられる、国産最高級の神器とも言える椅子に匹敵しそうなものを、外国のボーグ社が再現している現状は、意外ですよね。

 じつは、うちの家には、コタツをぐるりと囲んで座れる、ドーナツ状になった正座椅子など、さまざまなバリエーションがあります。うちの一族には、腰痛になった人や肩凝りに悩む人なんて、ほとんどいません。無理せずに快適に、すらっとした姿勢で座れる和室用の座椅子があるのですから、そういうトラブルと無縁なのもとうぜんでしょう。

 じつは私は十代の頃、盛んにネットゲームをやっていたのですが、家臣達からは、シゴキの鬼姫と恐れられていました。子供の頃は、自分に出来ることでも、他の人には出来ないことがあるとは、十分に理解できていなかったので、3時間睡眠プラスお昼寝5分の休憩以外は、長時間休みなくレベル上げの廃プレイをし続けるように求めていました。家臣達には過剰な負担を強いる形になっていたので、鬼姫と呼ばれたのも当然のことと思います。大人になった今では、廃人の量産は好ましくないと悟って、廃仕様のネットゲームからは一歩距離を置いています。長時間の廃プレイを求めたのですから、とうぜんのように、家臣団のなかに、肩や首の凝りを訴える人々が現われました。そこで父におねだりして、家臣団への褒賞として、うちの神社に伝わる正座椅子を現代風のデザインに仕立て直したものを量産してもらいました。4万円ぐらいで市販してもおかしくない完成度のものが出来上がり、200個ぐらいは配布したでしょうか。他にもさまざまなオリジナルグッズを褒賞として用意して、家臣達をシゴキにシゴキまくりましたが、そのなかで、家臣団をサーバー最強のレベル上げ軍団へと育て上げるうえで最も効果が高いとされたのが、この軍団オリジナルの正座椅子でした。ですから、最強の廃レベリング・サポートグッズとして、トップクラスのゲーマー達の間で評価が高かった、父が作った正座椅子は、最も優れたパソコン用の座椅子ということになります。

 同じような機能を備えたものが、バランスマルチシットという名前で市販されているようなので、腰痛や肩凝りに悩む人達は、使ってみるとよいと思います。神社で最も神聖な、神様が座る場所に置かれている座具に通じる、非常に優れた設計思想によって作られた、日本人の体に最も合った座具ですから、腰痛や肩凝りを抱えて悩んでいる人、姿勢良く長時間座りたい人は、試してみても損はないでしょう。

 一般の正座椅子には、幾つかの欠点がありますが、最も気になるのは、膝の下にクッションがないものが多く、また膝を曲げる角度が大きすぎることです。そのため、このタイプの正座椅子に長時間座り続けると、無理に曲げられている膝が痛くなるケースがあることです。その点、耀姫用の正座椅子や、バランスマルチシットは、膝下に柔らかいクッションがあるので、無理なく長時間座れて、どこも痛くなりません。又、お尻を乗せる座面が、適度に前傾しているため、すっと背筋が伸びた姿勢を、無理なく長時間維持できるようになっています。猫背に慣れている人は、姿勢を保つ筋肉が不足していて、気付くと猫背になっていたりするようですが、『着座生活環境を改善しよう。アクティブ・サドルチェア』 で書いたように、定期的に正座椅子のうえで、前後左右に体を揺らす運動をすることで、筋肉が付いてきて、自然に良い姿勢を長時間保つことができるようになるようです。

 じつは、この話を氏子達に向かってしたら、大勢の人が正座椅子を求めて父のところに殺到してしまいました。私が頼めば、どんな無理難題でも引き受けてくれる父ですが、氏子集団に向かっては容赦がありません。機嫌を損ねたらしく、こともあろうに「オカルトは嫌いだ」と、故意に意味不明の言葉を言い放って、追い返してしまったそうです。困ったものですね。でも、入手困難だからといって、うちの神社の奥座敷から、勝手に正座椅子を持って帰らないでくださいね。バランスマルチシットでも、同じような座り心地が得られるので、必要な人は市販のものを購入するのが良いのではないかと思います。