着座生活環境を改善しよう。アクティブ・サドルチェア

現代人は、椅子の前に座って生活する時間が非常に長くなってきています。そのため、見過ごされがちな着座生活環境にも気を配る必要があると思います。市販されているバランスチェア達は、楽に正しい姿勢を長時間保って集中力を維持できるため、優れた学習椅子として一般に普及しています。でも、それだけでは、じつは足らないんですよね。人間の体は、長時間一定の姿勢を維持するように出来ていないので、どうしても歪みが生じることがあるようです。

じつは、人間が創造的な活動を行なうときには、集中力を発揮するよりも注意散漫でいるほうがよいことが分かっています。人間の集中力は、「不必要なノイズのような刺激を無意識のうちにカットする」能力、つまり「潜在抑制」(Latent Inhibition)力の測定によって、数値化して観察することも出来ます。ハーバード大学トロント大学で2003年頃に行なわれた面白い実験によって、潜在抑制機能が低い人、つまり注意散漫な人ほど、作業記憶(ワーキングメモリ)の中に多彩な思考を保持していることが明かになりました。そういった人の脳は、外界から入ってくるさまざま情報をフィルターにかけるのが苦手なので、なんでもかんでも意識してしまい、一見関係がなさそうな事柄で頭の中が溢れかえっている状態です。ところが、「優れた創造的な業績をあげた」と分類された学生達に、潜在抑制の機能障害が7倍の割合で見つかったそうです。潜在抑制機能の低さが創造性の高さに結びつくのは、頭の中から溢れそうなぐらいたくさんの考えを、意識して分析し、価値ある答えを探求しようとする意思を持っている場合に限られる、という結論が導き出されました。

以上のことから、創作活動や創造的な活動を行なうときには、じっとしないで、ある程度注意散漫な状態にしたほうがよいことが分かります。たとえば、机の前に座っているときよりも、歩き回りながら、あるいは屋外を散歩しながら考えたほうが、よいアイディアが思い浮かんでくる人もいますよね。注意力散漫で有名で「優れた創造的な業績をあげた」人の代表格は、発明王エジソンでしょう。彼は小学校に入学した直後から、授業中そわそわしてあまりにも落ち着きがない子として、問題視されたようです。おそらく、今で言う 注意欠陥・多動性障害(ADHD)のような状態だったのでしょう。先生の勘気に触れてあっという間に小学校一年生で放校処分になってしまったようなのです。でも、教育熱心な母親は子供の才能を信じて、長所を伸ばすように教育していき、結果的に発明王に育てあげることに成功してるんですよね。注意散漫は悪いことではないと彼は自らの個性の長所を実証して見せたのです。

以上のことと、現代人が長時間椅子に座るライフスタイルを、繋いで考えてみましょう。じーっと同じ良い姿勢で座り続けることで、集中力を発揮できるバランスチェア達は、知識を身に付ける受身の学習には役立っても、能動性を発揮して、創作活動や創造的な仕事をするときにはどうでしょう? 私は、機能不足の印象を受けるんですよね。じつは、子供の学習椅子として日本で一般に普及しているタイプと違って、北欧家具として作られている本格的なバランスチェアのなかには、椅子を前後に揺り動かす機能を備えていたり、複数の姿勢で座れるなど、体を一つの姿勢に固定することなく動かせる設計が施されたものがたくさんあります。北欧で生まれた元祖のバランスチェア達には、意識的に注意散漫な状態が作れる工夫が施されているのです。

能動性を発揮して創造的な活動を行なうときには、椅子を揺らしたり、姿勢を不安定な状態にして、モゾモゾ体を動かしているほうが良いようです。座禅の修行をする禅宗のお坊さん達は、結跏趺坐したら何時間もじーっと動かないで公案と対峙していますが、修行はそれだけではないようです。歩行禅といって、歩きながら考える修行も行なっています。つまり、作業記憶(ワーキングメモリ)を積極的に変化させる修行のカリキュラムが存在するのです。では、一般の人は椅子に座るライフスタイルの中で、どのような工夫をして、潜在抑制の機能が低下した注意散漫な状態を作ればよいのでしょうか? 一つの方法は、椅子に座って体を調整する、ゆっくりとしたなにげない体の動きができるように工夫することです。

5センチぐらいの厚みがあるエアークッションを、普通のキャスター付きの椅子に乗せて、その上に座って、好きな音楽を聴いてリズムを取りながら、体を適当に前後左右に揺り動かしたり、床を蹴ってキャスターで椅子を前後左右に動かしたり、部屋の中を動き回るようにするだけでも効果があります。ユーチューブを見ていたら、参考になる動画を見つけたのでリンクしておきますね。

あまりにも単調な体の動きですが、これを意識して行なうのではなく、気分転換に音楽を聴きながら自然に行なうのが理想でしょう。ビデオのなかに登場する座面が傾く特殊な椅子が、今後普及していくかは分かりませんが、とりあえずはエアークッションを椅子に乗せても、似たような運動が可能だと思います。椅子の上で不安定な感覚を覚えるようにすることが目的ですが、椅子から落ちないようにしてくださいね。

無意識に椅子の上で体を動かしていると、すぐ気になってくるのがキャスターの存在です。「出来ればもっと自由に足を遊ばせたいのに邪魔だな」と思う人も多いでしょう。そんなときは、天才?発明家の父の出番です。義手や義足の製作者ですが、私がオネダリすれば、いろんなものを作ってくれます。今から十年ぐらい前のこと「ねーねー、この椅子の5本足のキャスター邪魔なの。取ってちょうだい。」と、一見無理難題?とも受け取れる変なおねだりをしてみたら、ホームセンターに行ってヤザキイレクターを買ってきました。自転車のサドルに三輪車のような三本の足を付て、その先端にフリーキャスターを取り付けた椅子を作ってくれました。適当な長さにパイプカッターでパイプを切っては金属ジョイントで組み合わせていき、アーレンキーでネジを締めるだけです。非常に効率の良い製作方法だなと思いました。サイズを私に合わせて、直進安定性を出すための振れ取りを終えるまで、3時間かからないスピード製作。娘思いの父親の鏡みたいな、便利に使える人です。なんでも父の発明仲間の一人で、広島県でタウンモビリティの福祉活動をしている、椎間板ヘルニアで足に軽度の麻痺が出ているとある方が、運動不足の解消を目的に設計なさったものだそうです。了解を得てほぼそっくりコピーしたもので、「出来が良いから、あまり改良の余地がない」と話していました。あれから10年経って、少しずつ改良が進んで来ていますが、基本形はほとんど変わっていません。

今ではアクティブ・トレーニング・チェアを略してトレチェア、またはアクチェア、アクティブ・サドルチェアなどと、いろんな人から幾つもの名前で呼ばれるようになったこの発明品の外観は、ハンドルとペダルがない子供用三輪車? というよりも、3つ付いてるフリーキャスターのホイールのサイズが15センチ径なので、歩行器と言ったほうがいいものです。ただし、足が不自由な人が使用する一般的な福祉用の歩行器は、手すりを付けることが絶対条件になっています。だから、自分の足で立って歩けない人は使えません。膝を痛めて多少の痛みや違和感を感じているものの、杖を使うほどではない人が、膝に衝撃が加わらない運動をするのにも適しています。つまり、歩行器とキャスター付きの椅子の中間ということになります。ハンドルも手すりもなくて、不安定で危ないんじゃないの?と思う人もいるでしょうが、そこは大丈夫。自分の二本の足でもある程度支える形になるので、3つのキャスターと合計すると5本になり、5本足の椅子と同程度の安定感が得られます。足元に何も障害物がない構造なので、相撲取りが腰を落として歩くような中腰の足捌きで歩行したり、膝に衝撃が加わらないジョギング運動が出来ます。体育館のような下が平らな場所で思い切って床を蹴れば、時速40キロぐらいで滑るように移動することも可能です。屋外の上り坂ならジョギングに匹敵する運動量が得られる優れものです。

アクティブ・サドルチェアは、室内で使われているほか、祖父母達が毎朝公園でコレに乗って走っています。ジョギングとほとんど変わらないスムーズな足の動きで、スイスイ気持ちよさそうに滑って移動していくからなのでしょう。すれ違いざまに若者達から「かっこいー」とか「乗りたい」と言われることもあるそうです。汗びっしょりになってラジオ体操の広場に行くと、「楽そうに見えますが、そんな強度の運動になるんですか!」と驚く人もいます。「パナソニックの乗馬運動器並の運動が出来るから」とお爺様が説明すると、「体に良いんですね。ちょっと貸して下さい」とかなり人気があります。

アクティブ・サドルチェアは、自分の足で立って歩ける人用の、歩行禅のような修行と運動を可能にする椅子として設計されているので、一般の歩行器と混同して足が不自由な人が使うと、体を支えきれずに転倒したり、歩道の傾いた場所で使えば車道に転げ落ちて、交通事故に遭う可能性もあります。そういった誤用によるトラブルが起こって、危険な乗り物と受け取られては困るということで、父達は市販を見合わせているようです。膝を悪くする人は、膝の上の太ももの筋肉の内側と外側の筋力バランスが崩れて、膝関節に偏った力が働くようになって軟骨を痛めているケースが多いので、アクティブ・サドルチェアのような、力士が腰を落として歩く動きに似た運動をすると、筋力のバランスが回復して膝の痛みが出にくくなる可能性があるようです。もしも市販する場合にも、一般のリハビリ用の歩行器と混同されて誤用されることがないように、リハビリの効果をうたう予定はまったくないそうです。なので、うちの大学病院の理学療法士に効果を調べさせる予定はありませんが、ラジオ体操に集まってくるお年寄り達は、膝の痛みがなくなったと話しているようです。乗馬運動器具に近い運動をすることによって、腰や体幹の筋肉も鍛えられると思うので、相乗的な結果かもしれませんね。セカンドライフというメタバースの世界に3次元CGで再現して、アバターが乗って動き回れるように作ったものがあるので、そのうち画像を載せて紹介しようと思っています。

写真や画像を見れば、素人でも半日程度で作れそうに見えます。真似して作った知り合いの中学生や高校生もいましたが、どれも強度不足だったので、けっきょく父が手直しすることになったようです。ヤザキイレクターはそれほど丈夫なパイプではないので、似たようなサドルチェアを作っても、補強を忘れると簡単にポキッと折れたりグニャッと曲がる可能性があります。父達が作ったものは、強度が必要な部分はパイプを2本使ってあったり、力を分散する構造にして補強が入っていたり、プレストレスド・フレームなんて父の友人が命名したちょっとした工夫によって、パイプフレームがバネのようにしなりながら振動を吸収して、強度も増す非常に優れた設計になっています。子供用の玩具の三輪車や、一般の歩行器と違って、滑らかな場所なら40キロのスピードが出ることを想定して、スポーツ用品としての性能が得られるように設計されているそうです。そうでないと、私のような男性の競輪選手並みの1.4馬力を発揮するふともものパワーには対応できませんよね。創意工夫が出来ない人が、真似して作って壊して怪我をするのは望ましくないと思って詳しく書いていますが、必要とする性能は人それぞれでしょう。もちろん、40キロものスピードで、上で紹介した動画のような運動や、乗馬運動器具のような運動をする人はまずいないでしょう。だから、かなりオーバースペックになっている印象を受けます。一般の道路を普通の人が移動するときは、15センチ径程度のキャスターでは路面の凸凹から受ける抵抗が大きいので、時速6キロから8キロ程度になります。体育館の床のように滑らかな場所では速いのですが、普通の公園内の道路でジョギングの速度を維持しようとすると、それなりの走行抵抗があっていい運動になるのです。体力がある人は、性能が低めの10センチ径のキャスターにしたり、走行抵抗を作り出す特殊な構造のキャスターを使うこともあります。私が屋外で使うときは、普通の人が体育館の床を蹴って移動しようとしても、2メートルぐらい進んで止まってしまうほど、強い抵抗力が生まれる設定になっています。この抵抗強度だと、体だけ前に進んで椅子がその場に残ろうとするので、サドルから腰が離れないように、腰ベルトとサドルチェアを繋いだり、急な上り坂手では綱をしっかり両手に握って力を入れて体に引き付ける必要があります。両手も使うのでそれなりに大きな運動効果が得られます。ハンドルが付いてないのは、自由度の高い運動をするためなんですよね。

スーパーなどに乗ったまま入って買い物をするときは、サドルの後ろのフックに買い物カゴを取り付けると非常に便利です。ただし、上りのエスカレーターに乗るときは、前後反対に向いて、後ろからエスカレーターの手すりを持って乗らないと、体が残ってサドルチェアだけ落下する可能性があります。前後反対になって上りのエスカレーターに乗ると、エスカレーターの傾きによってサドルチェアがゆっくり傾いて自然にサドルの位置が上昇するので、自分の足で立ち上がった状態になります。立った姿勢でベルトにつかまっていれば、トラブルが起こることはまずないでしょう。下りのエスカレーターは正面を向いて手すりを持って乗ればいいのですが、このときもエスカレーターの傾きによってサドル位置がゆっくり上昇して、自然に両足で立つ状態になります。間違った使い方をすると危険な状況になる最も典型的なパターンを示しましたが、動くものなのでそれなりの注意が必要です。たとえば、他の動かない家具と同じように、手でつかまって体を支えようとしたら、キャスターで椅子が逃げるので転倒することは目に見えていますよね。基本的にキャスター付きの椅子ですから、横向きの力が加わった状態で人間の体から離れると、椅子だけがどこまでも滑って行ってしまいます。だから、屋外の傾斜がある場所で使用するときは、人間と椅子をロープで繋いでおく必要があるのです。

一般の人が、潜在抑制機能を低下させて、能動性を発揮して創造的な活動を行なう目的で、屋内だけで使用する椅子は、アクティブ・サドルチェアのような本格的な運動性能を備えている必要はないと思います。もしも、アクティブ・サドルチェアを、ホームセンターで手に入るパーツでプラモデル感覚で自作するなら、金属ジョイントの値が張るので材料は2万5千円程度になると思います。もしも今後市販されることがあったとして、製品を買う場合はその2倍ぐらいの出費を強いられる可能性もあります。父は、自転車に比べて構造がシンプルで部品も少ないから、大量生産すれば市場価格5千円ぐらいに出来そうな話をしていました。でも、私用の丈夫なつくりのものは、サドルだけでも4千円。エアークッションのサドルカバーが3千円。キャスターは1個8千円x3で、他にフレームなどの部品があるのですから、とうていその価格に納まりそうに見えません。したがって、時速40キロで滑走できるオーバースペックのキャスター付きの椅子が必要かどうか、迷う人も多いですよね。つまり、どこまでの強度の運動をするかによって、ピンキリってことです。屋内でちょっとライフスタイルを工夫するつもりなら、普通のキャスター付きの椅子の上に5センチ程度の厚みのエアークッションを置いて座るだけでも十分。それによって着座生活環境は大きく変わると思います。騙されたと思って試してみても損はないでしょう。ただし、椅子から落ちないように気を付けて。