全能感コンプレックスの傾向と対策

 現代人が抱えがちな『全能感コンプレックス』によって生まれる心の迷路をテーマにした、凄く面白いブログを発見しました。

『全能感を維持するために「なにもしない」人達』 - シロクマの屑籠(汎適所属)

 精神医学の立場から、いろいろお書きになっている方のようです。失敗を恐れて、何事にも本気で取り組めなくなっている、現代人の心理をうまく捉えているので、興味深く読ませて頂いたのですが.どうして、現代人の心が、強い全能感コンプレックスを持つに至ったのか、この方のお考えの続きを読んでみたくなりました。
 私なりに、現代人特有の『全能感コンプレックス』が形成されてしまう原因を考えてみました。現代人は子供の頃、漫画やアニメのヒーロー・ヒロインと一体化する夢を体験して育つので、全能の存在に対する強い憧れが生じるのだと思います。大きな夢を見ること、理想を高く掲げて夢を形にしようと努力することは、素晴らしいのだと教えられて育てられたのに、現実には、大学を出てもスーパーヒーローになんか、なれないんですよね。高い理想を掲げれば掲げるほど、夢を形にすることは難しくなり、現実との落差を目の当たりにして、前に進むことが出来なくなってしまう。
 大人達は、子供達に素晴らしい夢を与えようとアニメを作って、おとぎの世界に誘い込んだのに、その迷路から抜け出す方法を用意せずに、娯楽もビジネス、『放送』とは『送りっ放し』って意味だよって。素晴らしいと思った心の旅を可能にする旅行券は、じつは片道切符で、戻る術がないものだったなんて。

 多くの人が、大人になってから、惨めな挫折を味わう、悲しい結果になっているように見えます。

 御伽噺の中には、いわゆる『夢オチ』といって、「おとぎの国の不思議な体験は全て夢でした」というパターンがあります。あれってじつは、夢から現実に引き戻すための、心の安全装置が働いた結果生まれるイメージ・パターンなんですよね。シンデレラだって、12時になったら魔法が解けてしまうお約束になっているのです。もしも、魔法が解けなくなって、夢から覚められなければ・・・
 少し時代を遡って、文化人類学の視点から、日本の古い時代に生きていた人々の心の中に生まれた、全能コンプレックスがどうなっていたか推察してみると、問題が表面化せずに、うまく処理されていたことがうかがえます。昔の子供も、男の子なら日本武(やまとたける)の神話や、桃太郎などの御伽噺に憧れて、女の子ならかぐや姫の物語に感動して、心に夢を持ったと思います。でも、無理をして自分を全能と思わなければならないような、不自然な世界観を持っていなかったんですよね。自分の心の中に生まれた全能への憧れを、神という理想化された架空の全能の存在へと投影して、祈りを捧げる生活様式を選択することで、コンプレックスを自分から分離して外に置くことを可能とし、心の内側に貯めて悩む状況を解消していたのです。

 全力投球しなければならない、逃げることが出来ない、人生を決めるここ一番の大勝負というとき、現代の日本人でも、神社にお参りして神に祈ったり、お守りを身につけて心の支えとすることがあります。特別な信仰心を持っているわけでもないのに、人は祈らずにはいられなくなることがあるようです。
 古い時代の人々が、宗教によって心の癒しを得ていたことは、誰でも知っていますが、全能コンプレックスが、神に投影される形で解消されてきたことを、はっきりと指摘した研究者に今までで合ったことがないように思います。シロクマの屑籠さんがお書きになったブログに触れて、思わぬ発見に至ったことは、大きな収穫だったと思います。
 架空の全能の存在に対して、全能コンプレックスを投影することで、夢や理想と、現実の自分をうまく分離して、在りのままの自分の姿と素直に向き合える状況を作りだす。科学知識が発達していなかった古い時代の人々は、全能の神の存在を信じるだけで解決していたのかもしれませんが、科学技術文明の中に生きる現代人は、神によって癒される発想を持つことが、難しくなる傾向があるようです。かといって、自分一人の心の中で、なんとか夢や理想と折り合いをつけていかなくてはならない。これって、凄く大変なことなのかもしれません。

 困ったときの神頼みが出来ない現代人は、一体どうすればいいのか、その答えをシロクマの屑籠さんに、精神医学の立場から語って見せて頂きたいなって思います。

 私もいろいろ考えてみましたが、一つだけ有効な解決方法があるように思えてきました。現代人は理想のイメージを、映画俳優や歌手などの、スターに投影します。これは、宗教に代わる新たな文化として、すでに十分育って、現代人の心の中に定着していると思います。
 ただし、これってじつは、うまくいかない要素を含んでいるんですよね。宗教の場合は、心の中に神という全能の理想の存在を想い描いて、ともに生きることが出来たのでしょうが、現代の歌手や映画スターは、生身の人間で、赤の他人です。スターと自分を重ね合わせることは出来ないから、自分の人生の夢を投影して託す形で、憧れを抱いてファン心理だけで生きていける人は多くないでしょう。

 え? 古い時代の文化を伝承していながら、「神様は心の中に、イメージとしてしか存在しません。だって心の文化ですから」と言い切って、霊験など一切認めない私は、どうやって問題を解決してるのかって? それは、また別の機会に書きますね。

『全能感コンプレックスの傾向と対策2』へと、つづく。